押戸石の丘 | 押戸石とは

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押戸石の巨石群

平成元年2月、南小国町教育委員会は、この巨石に不思議な線刻文様があることを見つけ、その後山頂一帯にある巨石群は、人工的に配置された9組の環状列石遺構であることがニューヨーク州立大学のライル・ボルスト教授によって確認され、ユネスコ岩石芸術会をはじめアメリカやカナダの岩石芸術学会、日本ペトログラフ協会等の国際学会で先史時代の巨石文化遺跡であることが認証されました。また山頂の太陽石から南西方向に下る山腹の直線上に、約5m間隔で岩石が直線配列されており、”クロムレック”(”環状の石”の意)とも呼ばれています。

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九州北部や山口県で多くのシュメール文字(ペトログラフ)が発見されている。太古のミステリー”シュメール文字”。この巨石群のどこにあるか探してみて下さい。

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日本文化のシュメール文明起源

押戸石の丘にある祭壇石から北側の直線上に大分県日田市の渡神岳、福岡県宗像大社がある。これを「水の道」と呼び、南側の直線上には阿蘇山、高千穂神社がある。これを「火の道」と呼ぶ。大陸からの縄文の渡海人たちは日本における神の道を造ったのではなかろうか。明治時代から多くの学者がシュメール文明と日本文化との共通点を調査・研究し提唱してきた「日本人シュメール起源説」は、本当の話しかもしれない。

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シュメール文字が刻まれた鏡石

この石には神聖なる雄牛の文字と蛇神の文字がはっきりと刻まれていることがわかる。蛇神をナーガ、聖牛をバールと読む。ここの地名は南小国町中原(なかばる)である。シュメール文字の読み方の名残か?

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祭壇石

神事における供え物置き場(祭壇)として使用されたものか?この祭壇石と夏至・冬至の太陽が昇る道と90°に交わる線上の北側を水の道、南側を火の道と呼ぶ。

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太陽石

高さ5.5m、周囲15.3mの巨石であり、この巨石群の中心をなす。頂点の真北には北極星がある。この岩の周囲では、磁気の働きが、正常ではなく方位磁石がクルクルと回る。人を癒すパワーの源はここにあるのか、昔はこの石に登ると雨が降るとの言い伝えから、秋から、稲刈りの時期に登ると大人たちから怒られたものである。“鬼のお手玉”とも呼ばれていた。

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はさみ石

夏至にはこの岩の間から太陽が昇り、冬至には太陽が沈む。古代、日時計の役割があったのか?嘘つきがこの間を通ると挟まれるとの言い伝えがある。

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南小国町商工会<平成24年度地域力活用新事業∞全国展開プロジェクト>

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